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教育之事 天下莫偉焉(教育のこと 天下これより偉なるはなし)

教育之事 天下莫偉焉

教育之事天下莫偉焉、一人徳教広加万人、一世化育遠及百世、

(読下し)教育の事、天下にこれより偉(い)なるは無し、一人の徳教 広く万人に加わり、一世の化育 遠く百世に及ぶ、
(要旨)天下に教育ほど偉大なものはない。(すぐれた政治家・実業家や富豪でも一代で終わってしまうが、教育は)一人の教えたことが広く何万人にも影響力を及ぼし、さらにその死後でも、百代の後までも教えを伝えることができる。 




教育ほど偉大にして楽しい事業はない。(略)人間のする仕事はあまたあるが、多くはしばらくにしてその痕跡も留めず消滅してしまう。政治・外交・軍事の上に、不世出の英雄がなした華々しい事業でも、短きは数十年、長きも数百年たつと全く破壊されてしまうことは、我々が常に歴史で見ているところである。しかるに〔しかし〕教育の力は、百年千年たっても、絶えず人から人に伝わり、その及ぼすところの影響の大なることは、皮相の観察者が想像するごときものでない。
これを空間的にいえば一人が一生の間に少なくとも数千人多くは数万人に教育を施すことが出来、時間的にいえば、一代の間に施した教育の結果は、何千年何万年の後にまでその力を及ぼすものである。*1

政治にせよ、産業にせよ、軍事にせよ、それらおのおのの最下級に居るものは、いかなる人物がそこに居っても、いかなる努力をしても、ある位置を得ぬかぎりは、偉大なる仕事の出来にくい状態であるに反し、教育者は、貧弱なる村落における小学校教員でも、その人の心がけ・力量およびその努力いかんによっては、偉大なる人物を養成することが出来る。
(略)
人は、教育者の力の偉大なることを看過〔見のがすこと・見過ごすこと〕している。(略) 国家社会が何百年何千年続くものであるとするならば、短き現代のみのためにつくすよりは、永き将来のためにつくすことが一層大切であると見なければならない。そうすれば、次代・次々代に活躍すべき人物を作る教育の仕事は、最も重んぜられるべきはずである。 (略)
教育のいかんによって政治はよくも悪しくもなり、産業もまた、あるいは衰え、あるいは発達するものである。軍事の隆替〔栄えることと衰えること、盛衰〕またしかりである。その他、社会百般のこと〔社会のいろいろなこと、すべてのこと〕ことごとく人を作り学理を攻究するその教育の事業によらなければならぬ。(略)
歴史を見ても、すぐれた政治家の事業も五十年百年をまたずしてその形をかえてしまうが多く、また軍事上の大事業もやはりわずかの間に攻略・敗衂〔はいじく。戦いに負けること、敗北〕、地を異にする。また、一、二の人の作れる豪富も、二、三代にしてその跡を絶つもある。事業の浮沈より見るも国家の盛衰から見るも、政治・産業・軍事かならずしも常に永続しない。
しかし教育は、一人の人のなせる事が、その一生の間にさえ何万人にもその力を及ぼし、さらに、その死後、百代の後までも、その力を及ぼすことが出来る。その意味を自分は次の語にあらわし、しばしば人に示した。

教育之事天下莫偉焉、一人徳教広加万人、一世化育遠及百世、

教育はかようなものであるということを、充分徹底的に教育者たらんとするものに理解せしめぬときは、いよいよ教育者となっても、自分の天職の貴さを自覚せずに終わってしまう。ゆえに、師範教育において、是非この精神を養わなければならぬ。教育者の、往々 卑屈になったり、あるいは不見識なるもののあるのは、この責任を負うという確信なきがゆえである。慎まなければならぬ。*2

(私は)身を師範教育に投じてからは、一意専心、わが国の師範教育のために奮闘し精進した。私が高等師範学校に在職中、常に生徒に示しておった語がある。それは、
教育之事天下莫焉、一人徳教広加万人、一世化育遠及百世、
教育之事天下莫焉、陶鋳英才兼善天下、其身雖亡余薫永存、
(読下し)
教育の事、天下にこれより偉(い)なるは無し、一人の徳教 広く万人に加わり、一世の化育 遠く百世に及ぶ、
教育の事、天下にこれより楽しきは無し、英才を陶鋳し 兼ねて天下を良くす、その身滅ぶと雖も余薫とこしえに存す、
というのである。私はこの「偉楽」の精神がなお一層 今日の文理科大学・高等師範学校に徹底せしめられんことを望んでいる。*3


*1 「教育の本質を明らかにする必要を論ず」『中等教育』第45号 大正12年
*2 「師範教育の大方針」『作興』第8巻第10号 昭和4年
*3 「自伝の中に織り込んだ柔道と師範教育の神髄」『教育』第3巻第10号 昭和10年